一つの専門性を高め続けることがリスクになる時代に

一つの専門性が高く評価される時代は終わった

社会の仕組みというのはこれまで、

一人ひとりが得意なことを伸ばし、専門性を高めることでスペシャリストになる。

スペシャリストたちがそれぞれのスキルを提供して、社会が成り立つ。

というものだったはずです。

ですが、専門性が高いだけではこれからの時代リスクが高いということを今日のブログではお話しようと思います。

例えば弁護士は、高収入かつステータスが高いということで、一時期目指す人が一気に増えました。

これには司法制度改革の失敗も絡んではいますが、その結果何が起きたかというと、業界の質の低下と飽和状態です。

本来なら日本全体の訴訟数に対して人数を調節すべきところ、あまりにも増えすぎてしまったのです。

他にも、歯科医も似たような状況です。

医業で高収入かつ内科医や外科医より難易度が低いため、職業に就く人の数は増えました。

しかし、飽和すると歯科医も基本的には時間労働なので、なるべく保険外診療の施術を提供しないと収入は上がりづらくなります。

昔は資格や手に職が身を助けるものでしたが、今は必ずしもそうではありません。

インターネットやAIの発展で、スキルのコモディティ化が進む

もちろんこれからもスペシャリストは必要でしょうが、それも場合によりです。

なぜなら、ルーティン化された仕事は人間より早く、正確にできるAIや機械に取って代わられると考えられるからです。

一昔前、すし職人の仕事をシャリ握りロボットが置き換えたことがありましたが、あれは機械によって同じ形、味、食感のシャリを再現できるようになったからですよね。

それがさらに広範囲の職業で置き換わりが進むとしたらどうでしょう?

長年かけて身に着けてきた専門的な技能(スキル)がすぐに陳腐化し、一般化してしまいます。

この現象を経済学の用語で「コモディティ化」と言ったりします。

かつて専門知識はその業界の中に閉じられていて外に伝わることがなかなかありませんでしたが、今は何でもインターネット上でオープンになっています。

インターネットを使えばタダでどんな職業に関する情報も手に入りますし、会社の評判もすぐに調べられます。

SNSを使って会いたい人にも比較的すぐに会えるようになりました。

私はツイッターを使ってパイロットや弁護士、研究者など、専門性の高い職業の人をフォローすることで、普段会えない業界人の情報などを仕入れています。

プログラミングとか英語を小さい頃から始めるのが当たり前になってくると、「13歳でアプリをプログラミングする天才少年!」みたいな人が当たり前になってきます。

弱冠15歳の天才棋士・藤井聡太選手だって、幼稚園から将棋を始めて14歳2ヶ月の史上最年少でプロになったそうです。

自分が長い時間努力して出来るようになったことを、隣で小さな子供や機械が軽々とやってのけたらものすごいショックじゃないですか!?

ショックという感情的な話より前に、現実的には職を奪われてしまいますからね。

これからは、苦労して行う「努力」の価値がますます低下していくのです。

人生100年時代、「多動力」や「副業」がキーワードに

未来の働き方に関して今「多動力」というキーワードがもてはやされていますが、これは上記で述べて来たことと無関係ではありません。

多動力というのは、色々なことを同時にやる、いわゆるマルチタスク的な話にも聞こえますが、本質は違います。

専門性を高める作業をいくつもやろう、ということです。

決して、飽き性で何事も中途半端にやっておしまい、ではありません。

一つのことに突き抜けたら、他のことでも専門性を高めよう。

複数の専門性を掛け合わせて自分だけの強みにしよう、という考え方がこれからの時代の働き方の主流になっていくでしょう。

考えてもみてください。戦後日本人の寿命は50歳前後でしたが、今や「人生100年時代」と言われるようになったのです。

2倍の人生を生きるのに、ひとつの専門性を高め続けるだけでいいのでしょうか?

ひとつの会社で一生勤めきれるのでしょうか?

会社の終身雇用、年功序列はもう終わりを迎えています。

社会の変化に対し、制度が疲弊してついて行けなくなっているのです。

歌舞伎役者や茶道の家元のように、歴史や伝統に重きを置く場合は別ですが、会社の一サラリーマンに同じ問いを突き付けてみたとき、答えは明らかなはずです。

副業が当たり前になる時代も当然の流れです。

副業というか、生き方のベースが会社から個人に移っているというだけの話だと思います。

個人が、所属する会社や肩書きではなく、何をしているかで判断される時代。

ある意味では下克上にも近い、社会の大きな価値転換ではないでしょうか?

私は窮屈な日本が変化を経て、もっと風通しが良くなればいいと思います。

もちろん、政治や法律、外交によってAIや諸外国と上手く共存出来れば、の話ではありますが。

所属するコミュニティを選んで「個」として生きる

先ほど述べたように「生き方のベースが会社から個人に移っている」ということは、自分がどこに所属するかを選べるということでもあります。

会社と家庭だけではなく、仕事Aではこのコミュニティ、仕事Bではあのコミュニティ、趣味Aではあそこ、趣味Bではそちら。

「自立とは依存先を増やすことだ」という言葉もありますが、国や会社が不安定になる今、個人として居場所をたくさん作って生きていけるようになりました。

そのための複数の専門性なのです。

これまで日本では、会社や肩書きがそのまま自分を表現してきました。

その集団の価値観に自分を合わせていれば、60年の職業人生を終えることができました。

ですがこれからは「個」が求められます。

これはAIの登場に対する生存戦略でもありますし、社会変革が要求する必然でもあります。

個として生きる時、所属するコミュニティによって大事にしている価値観は違いますが、どこに行っても「自分とは誰で、何を考えているか」をきちんと言葉にできる必要があります。

その際に必要になるスキルは、決して今までの義務教育で重要とされた「暗記したり、与えられた問いに答えを出すスキル」ではありません。

従順に言われたことを言われた通りに行う、取り替えが効く人間ではなく、自分の頭で考え、問いを見つけ答えを出す創造的な人間が求められます。

それはむしろ、日本社会にとっては良い変化なのではないでしょうか?

そんな素敵な人たちが増え、願わくば私のFXのコミュニティにもたくさんの人が来てくれればと思いつつ、今日のブログは終わりにしたいと思います。

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